朔太郎の文化民族学報告集/余呉の羽衣伝説に見る古代民族紛争

 古老が語り伝えて言うには、近江の国の伊香の郡、与胡の郷。伊香の小江。郷の南にある。天の八女がともに白鳥となって天から降り、江の南の津で水浴をした。そのとき、伊香刀美という人が西の山にいて遥かに白鳥を見ると、その様子が普通と違って奇異であった。それでもしかすると神人ではないかと疑って行ってみると、まことにこれは神人であった。ここに伊香刀美はたちまち愛情の心がおこり、立ち去ることができない。こっそり白い犬をやって天の衣を盗み取らせると、一番若い娘の衣を入手したので隠した。天女はそれとさとり、姉の七人は天上に飛んで帰ったのに、妹の天女一人は飛び去ることができない。天への帰る途は長くとざされ、ついに地上の人となった。天女の水浴した浦を今も神の浦というのはこのことである。伊香刀美は天女の妹と共に夫婦となってここに住み、ついに男女の子供を生んだ。男二人に女二人である。兄の名を意美志留(イミシル)、弟の名は那志富美(ナシトミ)、女は伊是理比売(イゼリヒメ)、次女の名は奈是理比売(ナゼリヒメ)、これは、伊香連の先祖である。後に、母がその天羽衣を探し取って、着て天に昇った。伊香刀美は孤閨をむなしく守って嘆き悲しんで止まなかった。
 逸文近江国風土記が伝える余呉湖に伝わる伝説である。
 この話の一般的論点は、羽衣に隠された意味と、伊香連という氏族の始祖の伝承という二点であるが、まずそれについて語るとしよう。
 羽衣は天界飛翔の呪具としての役割であるが、朔太郎がまとめると、羽衣は変身の呪具、再生の呪具の一面を重視する。大甞祭の中心部分は天の衣をまとい、聖性を得て神に再生、転生することである。この意味から、羽衣を奪うことの意味が浮かぶのである。つまり、天上の血脈をこの男イカトミは得た、奪った、ということであろう。それではイカトミとはどんな血筋なのであろうか。羽衣を奪ったこの時点で、伊香氏族は、先祖を天女にすり替えることができるのである。
 伊香刀美は藤原氏の祖、中臣氏の祖先である津速魂命(ツハヤムスヒノミコト)の三世孫、天児屋命(アマノコヤネノミコト)の七世孫、臣知人命(オミシルヒトノミコト)の子孫であると言われる。つまり後の藤原氏と同じ祖先を持つと言うことになる。ここで今回注目する民族コヤネ族が出て来た。藤原氏の先祖を祭る春日大社では、第三殿にコヤネが祭られている。アマノコヤネが登場する話として有名な話は、アマテラスが岩戸に隠れた(死んだ)時、コヤネが祝詞(歌)を歌い、ウズメが舞を舞ったと言うのである。このとき以来、中臣氏は神職として皇室近くに居ることになる。
 イカトミがコヤネの直系でなくコヤネ一族の女を迎えた、若しくは奪ったとなると羽衣の話も一致しそうである。ここで一つの謎を提示する。天女という由緒正しい血筋を得た伊香氏はその後、古事記、日本書記に登場しないのである。ただ、壬申の乱で大海人皇子に仕えた記録が残るだけである。
天智天皇と天武天皇が出自から朝鮮国内の民族的に対立を受け継いでいることは明白であるが、天武天皇(大海人皇子)はヒボコ(新羅)系で、対する天智天皇は百済系。そして伊香一族はヒボコについたが藤原(中国)系を騙っていることになる。
出雲大社の国造である千家氏の先祖はアメノホヒと言われているが、ホヒは国譲りの前に出雲に派遣された天孫族でその本拠は九州であった。天孫族が出雲を征服してから、現在の出雲大社の祭祈権を奪ったことになる。
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